第93回
(話題)  終戦直後の東京の生活をさぐる資料
(要旨)
今年は終戦50年という大きな節目にあたり、戦争・終戦・戦後史に関する多くの著述が発表されたり、全国でさまざまな催し物が行われたりしている。そこで、「戦争を知らない子供達」どころか「戦争を知らない大人達」が現代社会を動かす主流となりつつある今日、忘れ去られていく50年前のくらしをリアルタイムで記録したものを出来るだけ集めておこうと試みた。終戦直後の東京都民の生活は混乱を極め、困難な生活を強いられた。あの時代を経験した者は、どんな逆境にも耐えられるという自信を多かれ少なかれ抱いているものである。そしてその様子は、体験者によって今なお生々しく語り継がれてはいるが、耳からだけでなく確かな活字によって当時を検証する必要があると考えたわけである。
人間の記憶は意外と不確かなものである。終戦直後の記憶といっても数年間のことはひっくるめて“あの当時は”と話すことがしばしばで、殊に身近な日常生活については記憶が曖昧になりやすい。また、語られるものの中には、自分の経験のみが真実のすべてという思い込みや、個人の感傷あるいは誇張も、年月と共に増幅されがちである。また年月を経て当時を振り返り記録されたものは、よく整理されており読みやすいが生活感に欠けるきらいがある。
収集した資料はリアルタイムの記述の常として、即時性のある雑誌記事が殆どであるがため、表現に稚拙さや論とよべぬ軽さがあるのは否めない。また、当時の紙質が極端に劣悪なため、複写がうまくとれない資料が非常に多かったのは大変残念なことであった。原典は、女性雑誌(婦人の友・主婦と生活・婦人公論・婦人画報・女性改造・美しい暮らしの手帳など)、週刊誌(サンデー毎日・週刊朝日・ダイヤモンド・財界など)、一般誌(座談・真相・中央公論・文芸春秋・芸術新潮・日本評論・流動・潮・創など)、さらにジュリストから建設月報・大蔵省刊行の物価速報などなど多岐にわたり、新聞記事は「東京新聞」をとりあげ、単行本からも関連部分を採用した。
これらの資料はいずれも昭和20年〜25年ころの東京を舞台にしたもので、1.食、2.衣、3.住、4.物価と家計、5.学生の生活状況、6.女性の生活向上への方向、7.(上記以外の)世相・風俗、に分類し、8.に昭和40年以降に終戦直後の生活について語られた論評を集めた。また、付録として「都市問題−東京都の復興」を加えた。これは住宅問題を考えていく中でどうしても関連してくる面であり(前記の建設月報や復興情報・新都市・新建築などの諸雑誌が原典)、生活資料と並列するには問題が大きすぎるので付録とした。この項は改めて充実させたいと思う。
読後の印象・感想は、
1.食生活…肉は一度も出て来ず、全部芋による或いは粉食による1か月間(粉食90食90種)の献立や人参の葉は朝に、実は夕食になど、乏しい食料事情の中で工夫。
2.衣生活…焼け残り布の工夫、手作りの靴、ただ一着のモンペを綺麗に着る涙ぐましい努力。終戦直後の希望は食料が第1位であったが24年には衣料が1位、食料が2位となる。
3.住生活…焼け出されて厳しい住事情のなか、洋間か畳部屋かの論争に夢を託す。台所や収納など実情は狭く乏しいなかでの豊かな発想。
4.物価と家計…新円切り替えに伴う500円生活の苦労、小銭が消え物々交換がデパート内で行われる。家計簿にみる食費・教育費・都民税と内職でやりくりする庶民家庭。
5.学生生活…まず3食を工面するアルバイト、残りを勉強時間とする青春。
6.女性の生活向上…主婦の24時間を分析。家事を合理的・能率的にするための工夫。
7.世相・風俗…交通地獄、公認「ブツ交」、屋台、街頭録音、英語アナウスつき競馬、手作り結婚支度、生の声を伝える円タク打明け話、夜の天使分布図、恋愛の名所めぐり。
といったものである。
進駐軍のプレスコードによる新聞・雑誌記事の検閲と収集資料の限界、GHQの実態と国会図書館保有資料の分析、進駐軍自体についての記事の掲載と限界およびその意味するもの、寄席・映画や盆踊りなどの娯楽と酒・タバコなどの嗜好品と世相・風俗、女性のヘアスタイルの変化と戦後、代用食の変遷と主食、大邸宅の解放と進駐軍による住宅の接収など。
(注)今回の話題提供の元となった「終戦直後の東京の生活をさぐる資料」は当財団の図書室に備えてご利用に供しております。