蔵書探訪・蔵書自慢 6
横浜都市発展記念館所蔵 遠藤於菟旧蔵建築資料

横浜都市発展記念館は、今年でオープン3年目を迎える新しい博物館です。名前のとおり、横浜の都市形成史をテーマとした展示施設ですが、「都市」という名を冠した博物館としては、おそらく全国唯一なのではないでしょうか。
昨年、横浜と元町・中華街とを結ぶ地下鉄みなとみらい線が開通したことで、東京からの交通の便はますます良くなりました。終点の元町・中華街駅のひとつ手前「日本大通り」駅で下車すれば、もう真上が当館の建物です。雨の日でも濡れずに展示室に直行できる、そのアクセスの良さは当館の売りになっています。
常設展示では、開港期から現在にいたる都市横浜の歩みを、その原型が形成された昭和戦前期を中心に、「都市形成」「市民のくらし」「ヨコハマ文化」の三つの側面から紹介しています。なかでも「都市形成」は展示の大きな柱であり、都市計画や建築・土木、交通などさまざまな切り口から、都市の歴史をたどる構成になっています。
当館で収集している資料は、古写真や絵葉書、地図、文書などの紙資料から、市内で出土した煉瓦や瓦などの遺物類まで多岐にわたりますが、建築関係の資料として目玉ともいえるのが、今回紹介する「遠藤於菟(おと)旧蔵建築資料」です。常設展示で遠藤於菟と鉄筋コンクリート建築について取り上げたことがきっかけで、遠藤家から横浜市に対して資料寄贈の申し出があり、当館で保存活用することとなったものです。
日本最初の全鉄筋コンクリートオフィス「三井物産横浜支店」の設計者として知られる建築家・遠藤於菟については、あらためて紹介するまでもないでしょう。『日本の建築[明治・大正・昭和]10 日本のモダニズム』(三省堂、1981年)に収録された堀勇良氏によるモノグラフが、巻末の詳細な年譜とあわせて現時点での遠藤於菟研究の到達点といえますが、その基礎となった資料が、ここで紹介する「遠藤於菟旧蔵建築資料」です。
資料は大きく分けて、(1)建築写真帖、(2)図書・雑誌、(3)三井物産横浜支店関係資料、(4)同名古屋支店関係資料、(5)明治大学関係資料、(6)その他建築図面、からなります。この中から、もっとも注目を集めるであろう(1)建築写真帖と(3)三井物産横浜支店関係資料について、簡単に紹介しておきましょう。
(1)建築写真帖は、遠藤於菟が関わったと思われる建築の写真を台紙に貼りつけて綴じたものです。貼付写真は350枚以上におよび、アール・ヌーヴォー様式を採用した明治後期の商業建築から、柱梁を強調したRC造独自の表現をもつ大正・昭和戦前期のオフィスビルにいたるまで、遠藤於菟の作品年譜の大半をこの写真帖からたどることができます。建築雑誌でよく知られている三井物産横浜支店の竣工写真も、この写真帖に貼付されています。また、建設中の現場を撮影した写真が多数収録されており、当時のRC造建築の施工の実際を知るうえでも貴重な記録です。
(3)三井物産横浜支店関係資料は、仕様書・見積書などの文書類と図面類からなる設計資料です。文書類は、遠藤於菟と共同設計者である酒井祐之助との間で交わされた契約書や、建物の新築要領、行程表、報酬金調書などのほか、のちに増築された倉庫の工事仕様書など全22点からなります。また図面類は、各階の配筋図や断面図など青焼図面が6点、それ以外に窓の詳細図などが8点あります。
残念ながら、現存資料は設計図書のなかのほんの一部で、資料点数としても少ないものですが、遠藤於菟の代表作といってよい三井物産横浜支店の建築の一端がわかる点で、貴重な資料であることには変わりありません。
そのほか、(2)は建築・美術関係の図書・雑誌で、1880年代から1920年代にかけての洋書を中心に全24点。(4)(5)はそれぞれ三井物産名古屋支店、明治大学の設計資料。(6)は、伊東忠太との共同設計による納骨堂のほか、小樽および札幌の今井商店(現・丸井今井)など計84点の原図からなります。
以上、いずれの資料も、遠藤於菟設計による建築のほとんどが残っていない現在、建築家・遠藤於菟の実像に迫るための貴重な記録といえます。一件ごとの資料の詳細は、『横浜都市発展記念館紀要』第1号(2005年3月末刊行)に資料目録を掲載しておりますので、そちらをご覧いただければと思います。
また資料の公開にあたっては、当館に資料閲覧用のスペースがないため、とくに利用の機会が多いと思われる(1)建築写真帖および(3)〜(6)の設計資料について、当館と同じ(財)横浜市ふるさと歴史財団が運営している横浜開港資料館(横浜市中区日本大通3)の閲覧室にて複製を公開いたします。その他の利用については、当館に直接お問い合わせください。
当館では、今後も横浜の建築・都市に関する歴史資料の収集・公開をおこなっていきます。新着資料や企画展示などの情報は、その都度ホームページおよび広報誌『ハマ発Newsletter』(年2回発行)で紹介していますので、併せてご覧ください。


●横浜都市発展記念館
〒231-0021 横浜市中区日本大通12 tel:045-663-2424
http://www.tohatsu.city.yokohama.jp/

青木 祐介(あおき・ゆうすけ)
(「すまいろん」05年夏号転載)