蔵書探訪・蔵書自慢 21
建設産業図書館 古川修文庫
はじめに
建設産業図書館は2002年11月に東日本建設業保証(株)が、創立50周年記念事業の一環として開設した専門図書館だ。建設産業史を主分野に据えながらも、建設に関連する資料全般を普く収集対象とし、現在の蔵書数は4万点を超える。
運営方針は公共図書館に準じており、広く一般に開かれている。来館時に入館記録票に氏名、所属等を記入すれば、誰でも閲覧や貸出サービスを無料で利用できる。宅配便による貸出も行っているので、遠方の方でも当館の資料を手にすることができる。詳細な利用方法については当館ホームページ(以下、HP)でご確認いただきたい。またHPから全ての蔵書を検索できるので、併せてご活用いただきたい。
さて、今回ご紹介する特殊コレクション「古川修文庫」は、京都大学名誉教授であった故・古川修先生が、半世紀の長きにわたり収集された建築生産・建設業研究に関する図書・報告書で構成される。当館の開設時に主幹を成す資料群としてご寄贈を受け、故人のご遺志とご遺族のご厚意により、どなたでもご利用いただけるように取り計らった。
古川修先生
文庫の詳細へと移る前に、古川先生のご経歴を、遺稿集『建設業の世界』に寄せられた愛弟子の京都大学准教授・古阪秀三氏による記事を参考にご紹介したい。
古川先生は、1947年、東京帝国大学第二工学部建築学科を卒業され、建設省建築研究所に入省された。その後、第一研究部建設経済研究室長、第一研究部長を経て、1974年、京都大学工学部教授に就任された。同大学退官後は、工学院大学工学部で4年間教鞭をとられ、さらに建築コスト管理システム研究所の設立とともに初代理事長に就任された。
一貫して建設産業論、建設労働論を基にした建築生産の研究を続けられた、日本の建設産業構造研究の開拓者であった。また、良き指導者でもあり、古阪秀三氏をはじめとする多くの人材を育てられた。当館の初代館長であった故・菊岡倶也氏もその一人であり、建築研究所時代の薫陶によって建設産業の研究者を志した。
当館の祖父
菊岡氏によれば、晩年の古川先生は首都圏に建設業の専門図書館を設置したいと望まれ、そこへご自身の蔵書を寄贈してもよいと話しておられたという。
1995年に旧建設省が策定した「建設産業の構造改善戦略プログラム」において、「建設関連総合図書館・博物館構想の推進」を提唱されたのも古川先生だった。我が国の建設産業を固有の文化として捉えた最初期の人物であり、関連資料を収集し、後世へと伝える機関の重要性を案じておられたという。
その願いは、東日本建設業保証(株)が当館設立を決定したことで実現するが、古川先生は開設を見ることなく2000年3月に不帰の客となられた。しかし、古川修先生のご遺志を継いだ菊岡氏が当館の館長に就任され、設立構想から資料の収集方針まで、多岐にわたり舵取りをされた。
生前の古川先生は、誰とでも平等に接し、研究室の門戸は大きく開かれていたという。その精神は菊岡氏へと受け継がれ、広く一般に開かれた図書館であらんとする当館の運営方針に息づいている。菊岡氏を当館の父とするならば、古川先生は祖父というべき人物と言っても過言ではない。
古川修文庫
さて、古川修文庫は、古川先生が収集された戦前から2000年初頭までの図書、報告書、新聞スクラップから構成される。ちなみに図書とは一般流通経路で入手できる書籍のことであり、報告書は学会や委員会などが頒布する灰色文献を指す。具体的な冊数を述べると図書が1824点、報告書が1721点で合わせて3545点となる。
資料は当然のことながら古川先生の研究テーマに沿ったもので、建設労働を筆頭に土木建築生産、住宅生産、住宅政策、住宅問題、住宅産業、建設業一般、入札・契約・請負、積算、施工管理、建築工学、社史・団体史・個人伝記、基準・指針・仕様書などの分野が多くを占める。
もちろん文庫には、古川先生のご著書も含まれている。博士論文の『建設業綜合工事業の生産規模に関する研究』は、1963年の日本建築学会賞(論文部門)を受賞し、建設産業研究の指標となった論文である。同年に出版された『日本の建設業』は、日本初の建設産業に関する解説書として名高い。“土建屋”“請負師”などと呼ばれ、謂れ無き蔑視を受けた当時の建設業をいたずらに庇護するわけではなく、その経営の体質と生理を明らかにすることが本書の意図だったと、「あとがき」に述べているように、複雑でつかみどころのない業界の全貌に客観的な光を当てた意欲作だ。
先にも述べたが、古川修文庫の図書、報告書については、一般の資料と同じく閲覧、貸出が可能だ。当館HPのコンテンツ「古川修文庫」から全リストがダウンロードできるので、ご利用いただきたい。
新聞スクラップ
新聞スクラップは、業界紙、一般紙を問わず、古川修先生がスクラップしたもので、1953年(昭和28)から1999年12月までを所蔵している。こちらは図書、報告書のようにHPから記事検索などはできないが、年月ごとのボックスに入れて管理しており、閲覧も可能だ。
袋入り資料
このように、図書、報告書、新聞スクラップについては一般に公開しているが、未製本の政府・地方自治体の審議会や委員会等資料、学術・業界団体等資料、抜刷・原稿・メモ等など、便宜的に“袋入り資料”と呼んでいる膨大な資料群が未整理のまま眠っている。これらは、製本された資料とは整理方法が根本的に異なるため、製本資料よりはるかに時間がかかる。当館の人員不足もあり、作業進捗に遅滞はあるが、こちらも数年後には一般に供するべく努力したい。
菊岡倶也文庫
最後に当館のもう一つの特殊コレクションである菊岡倶也文庫もご紹介したい。前述のとおり、菊岡氏は開設時より初代館長として当館の運営全般に尽力された。古川先生と同じく、菊岡氏も建設産業の専門図書館設立を強く望まれていたため、責任ある館長という役職も楽しんでおられたようだ。しかし、着任からわずか4年後の、2006年に惜しまれつつ世を去られた。さぞかし無念だったに違いない。
菊岡氏は、建設産業研究に自分独自の手法を模索され、建設業の歴史に重点を置いた研究を多数発表し、断片的な既存の研究を体系化する仕事を成し遂げられた。菊岡氏が収集した資料は、ご遺志により当館に一括して納められ、古川修文庫と同じく図書、報告書、雑誌などの製本された資料は既に整理作業を終えた。建設産業史を中心とした建設関係全般にわたる資料群で6400余点を数える。また、知られざる建設事業の足跡を発掘するためなのか、コレクションには一般の歴史書や各地方史なども多数含まれる。
一方、ダンボールで100箱以上にのぼる未製本の資料は、古川修文庫と同じく未だ整理中であるが、菊岡氏が生前に深く関与された“東京BIRG(Building Information Research Group)”という会の有志と共に、着々と作業を進めている。業後の疲れも厭わず、当館の資料整理にご協力くださる東京BIRG各位に対し、誌面をお借りして衷心よりお礼を申し上げたい。
建設産業図書館
所在地 〒104-8438 東京都中央区築地5-5-12 浜離宮建設プラザ1階
開館時間 9時30分〜16時30分
休館日 土・日曜日、祝日、年末年始、特別整理期間
利用料金 閲覧・貸出ともに無料
電 話 03-3545-5129
FAX 03-3545-5141
E-mail [email protected]
URL http://www.ejcs.co.jp/library/cil.html
江口 知秀 (えぐち・ともひで)
(「すまいろん」09年春号転載)