蔵書探訪・蔵書自慢 13
東京藝術大学図書館

今回紹介する東京藝術大学附属図書館は、美術・音楽の2学部からなる小規模大学の附属図書館であるため、上野本館と取手分館を合わせても総面積は約3000m2、総蔵書数も約48万冊程度でしかない。しかし、唯一の国立総合芸術大学という特性を反映して、本図書館には他の大学図書館にはない個性がある。
戦前の東京美術学校・東京音楽学校から継承した蔵書に加え、戦後も芸術分野を重視して図書の収集を行なってきたため、蔵書の8割近くを芸術関係が占め、展覧会カタログや和装の美術本あるいは楽譜といった、他の図書館では片隅に追いやられているものが、本図書館では主役となっている。住宅や建築関係の蔵書を紹介するというこのコーナーの趣旨からは少しはずれるかもしれないが、芸術あるいは美術の一分野としての建築という視点から、本図書館を紹介してみよう。
本図書館の上野本館は、上野公園内の美術学部敷地内に所在している。閲覧室と開架書架あるいはカウンター、レファレンスコーナーなどの主要な部分は、正面入口から階段を昇った2階にまとめられ、ここの一隅に建築関係の基本図書も備え付けられている。ここの他に、建築関係の雑誌類や作品集、文化財建造物の修理工事報告書などは、別棟(総合工房棟4階)の建築科学生スタジオ脇の「建築科図書室」にも設置され、教員や学生あるいは学外者も気軽に閲覧できるようになっている。
これら開架書架や建築科図書室の蔵書群はそう珍しいものではない。今回紹介しておきたいのは、閉架書架に納まっている貴重図書類である。

貴重な美術図書が集積
本図書館が所蔵する貴重図書には、本阿弥光悦書・俵屋宗達画の雲母刷『光悦謡本』のような指定文化財クラスの美術品といってよいものから、美術史家の今泉雄作が1879年にリヨンのギメ博物館の展示物をスケッチした『古史後観』や、歴史家の平子鐸嶺が石窟寺院を調査した際の『長安洛陽仏跡探検手記』など、明治の研究者の調査ノート・スケッチ類なども含まれる。建築史研究などの資料となりうるものも含まれるので、興味ある方は本図書館備え付けの『貴重図書 解題目録』(1987年)を参照していただきたい。
こうした貴重図書には、美術学校や音楽学校ゆかりの人物から寄贈された独立した文庫に含まれるものが数多い。そうした文庫の中でも最大なのは、日本東洋絵画史の研究者だった脇本楽之軒が寄贈した、日本美術関係の和書2634冊からなる「脇本文庫」である。この文庫には、『武家雛形』や『造庭秘伝書』などの建築図書も含まれ、大部を占める中国や日本のさまざまな文物を描いた絵画帳も、美術研究だけでなく、集落や建築あるいは風景観等を研究する資料となりうるものである。
「脇本文庫」の他に、音楽関係図書・楽譜・レコード2341点からなる「太田文庫」や、工芸関係和洋書の「島田文庫」もあるが、建築関係では、建築家岡田信一郎が寄贈した「岡田文庫」の存在を宣伝しておきたい。

建築家・岡田信一郎が遺した「岡田文庫」
いうまでもなく岡田信一郎は、戦前を代表するスター建築家で、近年修復が行われた明治生命本館(1934年)や大阪市公会堂(1918年)など、東京・大阪を代表する様式建築を設計した人物である。彼はまた、1907年から1932年に没するまで本学建築科で教鞭をふるい、多くの建築家を育成しており、その縁で当文庫が寄贈されたのである。
古今東西の建築様式に精通していた岡田らしく、「岡田文庫」の480冊はほぼ全てが、建築史に関する英独語を中心とした洋書で、ヨーロッパは無論のこと、アメリカやインド、あるいは日本・中国に関するものも含まれる。この文庫からは、岡田というある時代を代表した建築家がインプットした知識の広がりを窺えるばかりか、1900〜1930年代の世界的な建築思潮の動向も判断できる。
この「岡田文庫」に含まれる書誌の詳細を知りたい方は、東京藝術大学附属図書館のホームページ(下記URL参照)から、「蔵書検索」のページに入り、左側の「詳細検索」をクリックすると出てくる画面の一番下欄の「請求記号」に「OKADA」と打ち込むと一覧書名リストが出てくるので、ご覧いただきたい。

貴重な卒業制作資料
以上のような貴重図書や文庫以外に、本館にしかないものとして、卒業制作関係の資料を紹介しておかねばならないだろう。
本図書館では、1893年の美術学校第一回卒業生から現在までの、卒業制作図録を所蔵している。建築の場合には一部の図面や模型の写真しか収録されないが、時代の流れに敏感な学生が、その時々で何をテーマとしていたかを概観できる、恰好の資料となっている。
この図録は閉架内に納まり、気軽に閲覧できるものではないが、優秀作品として買い上げられ大学美術館に保管されているものについては、写真付き目録が作成されて開架書架に備え付けられ、自由に見ることができる(『東京藝術大学芸術資料館蔵品目録 図案・デザイン・建築』、1991年)。
この目録には、卒業制作以外に、戦前に農商務省から寄贈された博覧会関係の建築模型や、歴史的建造物の実測図面類の写真も含まれていて、興味深い。なお、本学の卒業生であり長く教育にも携わった吉田五十八・吉村順三両氏から寄贈された設計図書類も、図書館ではなく大学美術館で保管管理を行っている。大学美術館が所蔵しているこれらの資料については、東京藝術大学大学美術館ホームページ(http://www.geidai.ac.jp/museum/)の「収蔵品」ページから、名称と概略を検索することができるのでご利用されたい。

最後になるが、本図書館の上野本館は1965年に竣工したもので、設計は本学の教授を勤めた天野太郎である。コンクリート打ちっ放しの端正なデザインのこの建築の周囲には、岡田信一郎設計の陳列館(1929年)、金沢庸治設計の正木記念館(1935年)、六角鬼丈設計の大学美術館(1999年)が建ち並び、歴史の積層した魅力ある雰囲気を醸し出している。上野の杜を散策される折には、是非とも本図書館にも足を向けていただきたい。

東京藝術大学附属図書館
東京都台東区上野公園12-8
TEL:050-5525-2428(閲覧・貸出) 050-5525-2429(レファレンス・ILL)
http://www.lib.geidai.ac.jp/

光井 渉 (みつい・わたる)
(「すまいろん」07年春号転載)