蔵書探訪・蔵書自慢 8
すまい・まちづくり研究のシーズベッド 西山夘三記念すまい・まちづくり文庫2
当文庫の生い立ち、性格、展望については前号で述べた(広原盛明による)。今回は活動状況と保管資料を紹介する。なお、本文では西山夘三先生は西山と呼ぶ。
文庫の活動内容
当文庫は、京都府と奈良県にまたがる平城ニュータウン内の積水ハウス総合住宅研究所内に設置している。文庫は、400名を超す全国の研究者、行政職員、コンサルタントなどから構成される会員から成り立ち、運営は理事会と運営委員会が担い、専任1名の事務局スタッフがいる。年間予算は、2005-06年会計年度で約900万円である。当文庫の主たる活動内容は次の5つである。
第1は、西山が残した資料および追加資料の整理と公開であるが、内容は後述。
第2は、展示会、各種のシンポジウム、交流会の開催である。NPO発足を記念して、2000年10月から翌年1月にかけて、大阪、東京、京都の3会場でそれぞれ約2週間にわたり、所蔵資料や西山の著作と生涯に係わるパネル展示とシンポジウム、セミナーを開催した。名古屋でも2002年に建築学会東海支部と共催でパネル展を開催した。毎年、開催地を変えて実施している「夏の学校」は2005年8月(岐阜県郡上市八幡町)で7回目を数える。全国のいろいろな大学から、住宅、まちづくりなどを学ぶ50〜100名の院生、学生が2泊3日の日程で集い、交流と講義形式の学習、現地調査、ワークショップ、成果発表を行なう。行政や民間の専門家や市民、学生を対象に、大阪市内で実施しているのが、「すまい・まちづくりフォーラム」で、2005年秋で17回目を迎える。なお、毎年の総会開催と併せて講演会を開催している。
第3は出版活動である。西山の未完の遺稿『安治川物語−鉄工職人夘之助と明治の大阪』(日本経済評論社、1997年)、パネル展と連動した『西山夘三とその時代−西山夘三と日本の住まい・20世紀・すまいのアーカイブス+文庫資料解題第2版』(2000年)、文庫資料を中心にした『住宅営団−戦時戦後復興期住宅政策資料(全6巻、18分冊)』および『幻の住宅営団』(日本経済評論社、2001年)を出版した。さらに、西山夘三論をテーマにした書き下ろし研究論集と、西山が撮影した所蔵写真集の出版を2006年に出版すべく取り組んでいる。
第4に調査の受託で、「介護予防・在宅介護のための居住整備に関する調査研究」(京都府木津町)、「長期耐用住宅のあり方とシステム開発に関する研究」(積水ハウス)などを実施してきた。受託調査とはやや異なるが、事務所を設置している積水ハウス総合住宅研究所スタッフと、さまざまなテーマについて研究会を開催している。
第5はニュースレターの発行である。年間4回、A4版16頁で文庫活動の最新動向だけではなく、講演会記録、トピックス、会員便り、西山先生と私、個人記念館訪問などを掲載している。全国に分散している会員に有意義な情報を提供する場となっている。
4つに分類される所蔵資料
次に、文庫所蔵資料について紹介する。
所蔵資料は、西山による60年に及ぶすまいとまちづくりに関する諸資料と、西山本人が残した自分史とも呼べる記録が中心である。所蔵資料は資料の形態・内容から分類して、大きく次の4つに分けられる。
(1)書籍・報告書・雑誌類
戦前から現在までのすまい・まちづくり分野を中心に約1万冊。すでに書籍として出版した住宅営団資料など、特に、戦前、戦後の住宅関連資料が充実している。西山所蔵資料に加えて、当文庫の理事長だった広原盛明、三村浩史両教授の退官に伴う資料の受け入れが行なわれ、より充実できた。それぞれ、分類に従って整理陳列されている。また、この分野の学位論文を系統的に収集しており、現在約340冊を所蔵している。西山は自分自身の原稿が掲載された雑誌、書籍、新聞記事などのすべてに赤と青の鉛筆で重要箇所に傍線を引き、必要な修正やメモを残している。
(2)西山本人および西山研究室関係の調査・研究資料
戦前の住み方調査を始め、西山の学位論文や卒業設計、戦後の農村調査、京都計画、21世紀の設計、万博関連などについて、スケッチ、メモ、調査原票など多くの資料を所蔵している。それぞれの資料は、内容別にA4判事務用封筒に分別整理し、さらにテーマ別、時代別にファイリングボックスにまとめて、収納してある。書籍や報告書と同様に封筒単位でナンバリングされ、コンピュータにデータファイルとして記録されている。ばらばらになってほこりにまみれた膨大な資料を、今日のような形にまで整理するために払った努力は、並大抵でなかった。
(3)西山本人の研究・生活記録
中学時代からの日記・日録(約400冊)、旅行記、自筆漫画、学生時代の講義ノート、手紙・はがき・名刺(1931年〜、45箱)、図版原図(フォルダーに整理)、取材ノート、スケッチ帳(120冊、原図2500枚をデジタル化)など。すべての名刺にはもらった日付が記されている。日記・日録は毎日書かれているが、多いときには同時に3種類に分けて、細かい判読しがたい文字で記入されている。自分が出した大切な手紙はコピーが取られ保存されている。西山自身が、自らの研究や生活に関わるいかなる記録、資料にも価値があることを自覚して、意図的に捨てなかったため、膨大な量が残されている。それは『安治川物語』『大正の中学生』『あゝ楼台の花に酔う』『建築学入門』『戦争と住宅』『住み方の記』(描かれた時代順)という一連の自伝的な著作にも活かされた。
(4)写真類
西山自身が撮影した1930年代以降90年代初めまでのわが国のまちなみ、農村、暮らし、さまざまなタイプの住宅を撮影した10万コマを超すスライド、ネガ類が所蔵されている。そのうち、特に有用と考えられる約1万5千枚については、デジタルデータとして、基本データ(撮影場所、時期など)を付けて整理保存している。西山は初期のコンタックスをはじめ三高時代から一種のカメラマニアでもあったが、撮影した写真をそのままでは報告書や著作には用いていないのは、一つの特徴といえる。
昭和史の証言でもある文庫の価値
当文庫の所蔵資料の価値はどこにあるだろうか。現理事長であり、当初から一貫して資料の整理分類作業の中心を担ってきた安藤元夫近畿大学教授が、建築学会東海支部講演会(2002年7月)などで語っていることを筆者なりにまとめると次のようである。
(1)研究者の成果は研究論文や著作によって基本的に評価されるが、学会や社会に公表されるに至る膨大な資料やメモなどは、一般に公表されず残されることもまれである。しかし、残された西山資料をみると、まとめられた成果に至る仮説・構想力、執着心や忍耐力あるいは気力などが圧倒的な迫力で伝わってくる。大量ですさまじい努力と集中力の継続によって研究成果が生み出されることを知ることができる。多くの研究者、学生・院生などにとって、こうした資料に接することによって自らの研究活動に対する勇気と励ましを与えてくれるだろう。
(2)西山が論文や著作に使用するために作成、収集した資料、調査記録は、新たな研究的な価値を生み出す生資料の集積となっている。これは、すまい・まちづくり分野の研究の特徴かもしれないが、時代や地域の断面を現した資料は、時代経過とともに歴史的な資料として新たな価値を持つことができる。たとえば、膨大な写真として残された映像記録は、すでにテレビ、展示、書籍などに利用されている。西山は昭和2年(1927)に第三高等学校に入学し、昭和49年(1974)に京都大学を退官、平成6年(1994)に死去したが、西山が残した自分自身に関する記録は、貴重な昭和史の証言でもある(「昭和」という時代区分が意味を持つとすればだが)。
検索はホームページからキーワードで
当文庫所蔵資料は、ほぼすべてがデータベース化され、文庫ホームページ(http://www.n-bunko.org/)から、キーワードによって検索できるので、気軽にアクセスして欲しい。当文庫の資料は基本的に会員以外にも公開されており、利用も可能である。ただし、資料の整理、管理などはすべて現在の理事会や運営委員会のメンバーを中心にした長期にわたる無償の努力で作成、維持されてきた。所蔵資料に係わる経緯や資料の性格を十分理解していただいて、利用していただければ幸いである。
海道 清信(かいどう・きよのぶ)
(「すまいろん」06年冬号転載)