猟書−文献探索のたのしみ 9
同潤会アパートをめぐる本

●昨今の同潤会アパートメント事情
今年に入ってから、NHKや民放で同潤会アパートの特集が相次いで組まれた。この1年余りの間、清砂通アパートの解体を皮切りに、大塚女子アパート、江戸川アパート、青山アパートが解体、もしくは解体されつつあり、番組は同潤会アパートの解体を通じて、再開発や都市と建築、居住者と建物等について論じていた。
同潤会といえばアパートメント事業だけではないが、都市に対する存在感やアイデンティティの形成という点でアパートメント事業は突出している。同潤会アパートを失ったときに、現代の我々は代替となる建物を生み出せるのかという不安や焦りが、建築関係者のみならず一般の人々の心底にも抱かれ、現在のテレビ番組や新聞報道につながっていると思われる。

●同潤会の発行物
同潤会の事業を概観できるものとして『同潤會十年史』や『同潤會十八年史』がある。年度別の増改築や入退去者数など事業実態にまで踏み込みたい場合には『同潤會年度別事業報告』をみるとよい。これらは『同潤會十八年史』(原題まま)や『近現代都市生活調査 同潤會基礎資料』として復刻されているため(「すまいろん」2002年冬号「図書室だより」参照)、多くの図書館で手にとって見ることができる。他にも事業ごと目的ごとに同潤会が発行している報告書の類いは相当数ある。

●著書
同潤会アパートを一揃いに紹介したものとして、マルク・ブルディエ氏の著作がある。各団地のプロフィールや内田文庫*1に収蔵されている青焼き図面が収められて辞書的に使える。それだけでは(もちろん)なく、論考として同潤会アパートの集合住宅史としての位置付け(価値付け)がなされている。
公共住宅一般を戦後も含めて捉え、そのなかで同潤会アパートを紹介したものとして佐藤滋の著作がある。表紙は清砂通アパートで飾られ、同潤会の木造住宅(普通住宅)を主軸にしながら、多くの集合住宅を取り扱い、更新までも視野に入れて書かれている。
都市計画や建築計画、建築史の研究者が集結し、多角的に同潤会を論じた近作として『同潤会のアパートメントとその時代』があげられる。これは住総研の助成を受けて出版されたもので、多彩な論者によって、同潤会建設の時代背景や歴史的位置付けから、計画技術の評価、居住者の手にわたった後の居住者の手による住環境運営まで克明に記述され、同潤会アパートを通史的・多角的に捉えるのに優れている。
「居住者の手にわたった」と書いたが、ここで同潤会アパートの所有の変遷を概括すると、同潤会は昭和16年に解散して住宅営団に業務が引き継がれ、東京所在のアパートは住宅営団東京支所の管轄となった。住宅営団は昭和21年に閉鎖機関に指定され、アパートは(幾多の経緯を経て)東京都に売却された。東京都はすぐに居住者への売却を検討し、昭和26年に払下げが決定した。その際、多くの居住者が月賦で払下げを受けている。ただしここでの所有権は区分所有法などない時代であるので、土地と建物、専用部分と共用部分といった取り扱いは、アパートごと、住棟ごとに様々であった。
なお大塚女子アパートだけは払下げが行われず、東京都の管理のまま都営住宅として推移した。公営ゆえ保存活用の可能性も高いと思われたのだが、それは及ばなかった。
ふたたび本の話に戻ると、『同潤会アパート生活史』という生活史を資料から押さえた本がある。戦後に居住者の手によって刊行された「江戸川アパート新聞」を通して、共同住宅での生活再建や共同体のあり方の試行錯誤が伺える内容になっている。
戦前の生活を伺い知るものとしては故西山夘三の著作がある。西山は自身の営団時代に同潤会代官山アパートに住み、『住み方の記』では暮らしぶりを箱絵でおこし、洗濯物の干し方など同潤会アパート独特の住まい方を披露している。

●論文
同潤会アパートをテーマとした研究は少なくない。戦後すぐに行われた研究として谷重雄氏による居住者の生活実態調査がある。日本建築学会の論文には「松本恭治」、「佐藤滋」「堀薫」、「内田雄造」、「小川信子」、「大月敏雄」、「真野洋介」、「志岐祐一」で検索すれば同潤会関連の論文が数多くヒットすることと思う*2。
大月は、猿江アパートに始まり、柳島アパート、清砂アパート、代官山アパート等について実測調査や聞き取り調査を実施し、生活者自身の住環境の運営能力に着目し、社会情勢の変化に対する住空間の拡大、そこでのコモンズの生成などについて論じている。
真野は、同潤会アパートメント事業と震災復興区画整理の関係について資料の発掘を行い、清砂通アパートを中心に詳細に検証している。
大月や真野は同潤会アパートを主対象に学位論文をまとめている。それらは国会図書館はもちろん西山文庫*3にも収蔵されている。

●報告書
また建替えを契機としてアパートごとに報告書がまとめられている。歴史・計画技術・構法・材料・生活といった視点から総合的に調査された記録であり、中野郷アパート、柳島アパート、鶯谷アパートの報告書は図書館等で閲覧できる。鶯谷アパートの報告書は住総研より出版されているため購入することができる。

●雑誌・写真集
近年の再開発に注目し、「東京人」では2度ほど特集が組まれ、「日経アーキテクチュア」では他の歴史的建造物を含めた特集がなされている。古本でしか手に入らないものもあるが、バックナンバーで入手可能なものもある。
しかし秀逸は松本恭治による「特集:生活史・同潤会アパート」であろう。約30年前、1972年に「都市住宅」に掲載されたものである。同潤会アパート建設後50年余りを経た状況が聞き取り調査を通してありありと描かれている。また当時の写真も興味深い。当初の写真としては洪洋社の写真集がある。その『建築写真類聚』を解説付きで再編集した『幻景の東京 大正・昭和の街と住い』は、アパートをはじめ近代の東京像を伺い知れる多くの写真が収められている。

以上、同潤会アパートを知るための本をあげたが、これらをさらに探るにはそれぞれで引用されている参考文献へ触手を伸ばすのがよい。地図資料や統計資料からも異なったアパート像が浮かび上がるに違いない。
また実際の建物に行くことをお奨めしたい。内田文庫で実際の図面を手に取るのも違った感慨がある。筆者はここ最近の解体にあたり、実測図面の採取に参加する機会を得た。当時の設計者や職人の技術やものに対する細やかさを感じ、とくに設計には、通念としていたことを何度も揺すぶられ、設計に対する態度を考えさせられた。もちろん居住者自身の造作にも学ぶところは多い。生きた教材に学べるうちに学びたい。

<註>
1. 内田文庫は東京都公文書館にある。内田祥三先生によって寄贈された図面約1000点が収蔵されている。
2. 日本建築学会の論文は過去5年分の論文についてはインターネットで、遡及版はCD-ROMで検索することができる。
3. 西山文庫はNPO法人「西山夘三記念すまい・まちづくり文庫」によって運営されている。京都府の積水ハウス総合住宅研究所内にあり、住宅関連の学位論文も収蔵されている。

安武 敦子(やすたけ・あつこ)
(『すまいろん』03年秋号転載)

●<同潤会アパートをめぐる本>(参考図書リスト) (「*」が付いているものは図書室で所蔵しています)

編著者名 タイトル 出版者 出版年
* 近現代都市生活調査 同潤会基礎資料 柏書房 1996〜1998
* 宮澤小五郎編 同潤会十八年史 青史社 1993
* マルク・ブルディエ著 同潤会アパート原景 日本建築史における役割
(住まい学体系049)
住まいの図書館出版局 1992
* 佐藤滋著 集合住宅団地の変遷 東京の公共住宅とまちつくり 鹿島出版会 1989
* 佐藤滋・高見澤邦郎ほか著 同潤会のアパートメントとその時代 鹿島出版会 1998
* 同潤会江戸川アパートメント研究会編 同潤会アパート生活史(住まい学体系092) 住まいの図書館出版局 1998
* 西山夘三著 住み方の記 文藝春秋新社 1965
* 西山夘三著 日本のすまい (弐) 勁草書房 1976
* 若杉幸子主査 同潤会鶯谷アパートの計画史的位置付けと居住過程に関する研究 一般財団法人住総研 2001
* 野口弘行・亀田登与三郎・中村行安他著 鉄筋コンクリート中層集合住宅の居住性・耐久性及び居住者動向に関する研究 明治大学科学技術研究所 1990
墨田区編 旧同潤会柳島アパートの建物及び生活の記録保存 墨田区 1993
墨田区編 住(すまい)・のすたるじあ[1927〜1993]同潤会柳島アパートの六六年 墨田区 1993
* 松本恭治編 特集:生活史・同潤会アパート
(「都市住宅」一九七二年七月号)
鹿島研究所出版会 1972
* 同潤会アパート part2 集合住宅ルネサンス
(「東京人」157号、二〇〇〇年九月号)
教育出版 2000
* 岐路に立つ近代建築
(「日経アーキテクチュア」737号、二〇〇三年二月三日号)
日経BP社 2003
  建築写眞類聚別巻第八 振興アパートメント巻一 洪洋社 1934
藤森照信・初田亨・藤岡洋保編 幻景の東京 大正・昭和の街と住い 柏書房 1998
* ユナイテッドデザイン編 同潤会アパート写真集 Design of Doujunkai 建築資料研究社 2000