猟書−文献探索のたのしみ 6
地図の図録

地図のいろいろ
地図は、一枚物の地図や、数枚からなる組み地図、そして冊子になったアトラス(地図帳)などさまざまな形態がある。さらには地球儀や、壁掛け地図、立体模型など、書棚には入らないものまである。かつては巻物があったし、アコーデオン状に折りたたんだものもある。したがって、地図を保管するにも、通常の書架以外にも、地図ケース、袋、箱や棚を用意することになる。最近ではCDの形で発行されるものもあるから、CD収納ケースと閲覧用のパソコンも要る。ちなみに国立国会図書館には納本義務の仕組みや海外機関との資料交換などにより自然に地図類が集まってくるが、一枚ものの地図や組み地図、そしてその他の通常の書架に馴染まない形態の地図類は地図室で保管管理し、アトラス類は書籍として一般図書として保管している。
また、地図には、国や県・市町村が地域を管理するために都市計画図や防災地図など、行政資料として発行するものも多く、これらは通常のような出版の形態をとらず、担当部局で配布し、古いものは公文書館で保管することになる。国土地理院は、その前身の陸軍参謀本部陸地測量部や内務省地理局時代を含めて、明治時代より国土全体を覆う地形図作成を行ってきており、同様に海に関しては海上保安庁海洋情報部(3月までは水路部、戦前は海軍)が海図を作成している。これらは、枚数が膨大でありまた内容の更新がなされるから、個人で全部を常備することは考えにくい。最新のものは一枚売りで販売されており、また変化を知るためには改版される前の地図を遡って参照すればよいが、地形図については国会図書館で閲覧できる。
また、観光地などで無料配布されるマップ類は消耗品扱いであり、公共図書館の郷土資料コーナーに保管される場合もあるが、通常は残らない。さらには、新聞・雑誌や報告書に掲載される一般図や主題図などの各種地図も多種多様であるが、これらについては現在のところ網羅的に調べることができる仕組みは存在していない。
このように、地図に関する資料はいろいろであるが、国内には地図に関することなら何でも調べられるというような場所や方法は存在しておらず、目的に応じて調査方法を考えることになる。
また、個人的に保有する地図類にしても、通常は必要に応じて集めた一枚ものの地図か、あるいはアトラスの類であり、断片的にならざるを得ない。アトラスも、国の現状を表すナショナル・アトラスクラスになると大判でありまた高価であるから、個人所有は少ない。ただ古地図に関しては、比較的テーマが絞りやすいのでコレクターが存在し、個別テーマで展示会が開催されたり、図録が出版されることもある。同様に、古地図でなくても図録のような形でまとめられた書籍・資料が存在している。これらはそれぞれがテーマをもっているので参照しやすい。以下に、そのいくつかを紹介してみよう。

鳥瞰図
見て面白いのは鳥瞰図であろう。鳥瞰図は、平面図と違って側面景観が盛り込まれるため臨場感が格段に増す。また、少々のデフォルメはいとわず地域のイメージを端的に表現しようという制作意図があった場合は、「見てみたかった地図」として大いにイマジネーションが刺激される。最近では、別冊太陽『吉田初三郎のパノラマ地図』が楽しい。吉田初三郎(1884〜1955)は、大正から昭和を中心に生涯に約1600点あまりにもおよぶ鳥瞰図を制作したが、その主要作品を収録したものである。観光地案内、鉄道沿線、都市景観に関するものが多いが、戦後は広島の原爆も描いている。近代の地図が目指してきた位置、方向、距離、面積に均質で精確であるということを緩めれば、地図表現にはまだまだ新たな可能性があるということを示す良い見本となっている。
また、パリにはさまざまな鳥瞰図が残されてきているが、柏書房『パリ都市地図集成』に収録されているチュルゴー図(1734〜39)は圧巻である。この鳥瞰図は、正確な平面図をそのまま立ち上げるアイソメトリック的手法によっており、18世紀初頭のパリの様子が極めて詳細に描かれている。筆者が1970年代の後半に住んでいた17世紀後半の建設といわれる建物を、図上でその形をとおして確認できるほどである。

地形図
東京の中心部がどのように変化してきたかを知るには、大きな縮尺の地形図が基本資料となる。平凡社『江戸東京大地図』は5000分の1をベースに江戸の切絵図、明治前期、現在を比較できるようにしたものである。また、縮尺が2万分の1と小さくなるが、関東一円について図化したいわゆる迅速図の彩色原図については、紀伊國屋書店『明治前期測量2万分の1フランス式彩色地図CD-ROM版』がある。現在について地理情報システムなどで詳細な地図データが必要な場合は、2500分の1の空間データ基盤『数値地図2500』が国土地理院より全国の主要な都市部についてCD-ROMで発行されている。

古地図
古地図に関しては、さまざまな図集が刊行されているが、日本に関するものをまず概観するには、大きな冊子であるが講談社『日本古地図大成』がある。江戸時代の各種主題図に関しては、建築家で古地図収集家である山下和正氏のコレクションをまとめた『地図で読む江戸時代』がある。世界についてはスケルトンがハーバード大学出版部から出した『地図の歴史』、あるいは1987年から刊行が始まったシカゴ大学出版部の『地図の歴史』が充実したものとなっている。後者は、これまでに4冊が出ているが、最低でも600頁、最も部厚いものは970頁となっており、日本関係の章も設けられている。

その他
地図に関するよろず相談的な役割を果たしてくれるものに武揚堂『図説地図事典』がある。ただし近年のデジタル化の動向については、約20年前の発行なので手薄である。日本における明治以降の主要な地図について、いつどこから発行され、その図柄がどのようであったかを概観するには、日本国際地図学会編『日本主要地図集成』がよい。図版の多くがカラーで紹介されている。ヨーロッパでは15世紀あたりからさまざまなアトラスが刊行されてきているが、アレン著『アトラスのアトラス』が、主要なアトラスの外観と代表的な頁をカラーで紹介しており興味深い。
これらの図録のほかにも、地図を作成する立場に立った「地図学(カートグラフィー)」に関するものがあり、たとえば地形の立体表現に関する歴史的展開を追うもの、統計データの主題図表現など、興味深い図版が掲載されている場合があるが、これらについては別の機会を待ちたい。

森田 喬(もりた・たかし)
(『すまいろん』03年冬号転載)

参考図書リスト (「*」が付いているものは図書室で所蔵しています)

編著者名 タイトル 発行所 出版年
  別冊太陽『吉田初三郎のパノラマ地図−大正・昭和の鳥瞰図絵師』 平凡社 2002
地図資料編纂会 パリ都市地図集成 柏書房 1994
* 江戸東京大地図 平凡社 1993
  日本古地図大成(新装版) 講談社 1974
* 山下和正 地図で読む江戸時代 柏書房 1998
山口恵一郎・品田毅 図説地図事典 武揚堂 1984
日本国際地図学会 日本主要地図集成 朝倉書店 1995
  明治前期測量二万分の一フランス式彩色地図(迅速図原図)CD-ROM版 日本地図センター発行/紀伊國屋書店発売 1998
  空間データ基盤『数値地図2500』 国土地理院  
R.A. Skelton History of cartography Harvard University Press 1966
J.B. Harley and D. Woodward The History of Cartography Vol.1,Vol.2 Book1,Book2,Book3 University of Chicago Press 1987(Vol.1)
1992(Vol.2Book1)
1994(Book2)
1998(Book3)
P. Allen The Atlas of ATLASES Harry N. Abrams 1992